文学部 日本学科 教授
坂田 達紀 先生
Tatsuki Sakata

有名作家のベストセラー小説はなぜそんなに売れているんだろう?答えは簡単。面白いからだ。じゃあ、小説の面白さって何なんだろう?面白い小説と面白くない小説の違いは何なんだろう?そんな疑問を解き明かすひとつの鍵になるのが、文体だと坂田先生は言う。先生は論文執筆中には1ヶ月も昼夜逆転で研究漬けの生活を送るほどの熱心な研究者。「簡単に叶う夢は夢じゃない」と語る先生に文体研究の面白さを聞いてみた。

読書をしていると、作家ごとに特徴があったり、小説と評論などジャンルによって表現が異なったりしていることに気づきませんか?流麗な文章、荘厳な文章、女性的な文章あるいは男性的な文章などなど、文章には様々な姿・形があるんです。私はそんな文章の姿・形、つまり文体を研究しています。主に取り組んでいるのは、小林秀雄、太宰治、三島由紀夫、村上春樹などの作家の個別文体と、論説・評論および小説の類型的文体の解明。個別文体とは作家ごとに異なる文体、類型的文体とはジャンルごとに異なる文体のことを指します。

例えば、フランツ・カフカの小説『変身』は、主人公がある朝目覚めると巨大な毒虫になっていたという場面から始まります。毒虫になった理由を説明することなく、その悪夢のような状況を詳細に描写していく。それによって、現実では起こり得ない設定にリアリティが生まれるんです。村上春樹もカフカから多大な影響を受けていて、架空を実在にもっていくために、つまり、非現実にリアリティを与えるために、細部を詳しく描写する手法が数多く見られます。そんなふうに一人ひとりの作家の個別文体を明らかにする研究を積み重ねていくと、多くの作家の文体の共通点が明らかになってきます。そして、その共通点のいわば最大公約数から小説というジャンルの類型的文体を導き出していくんです。

私は高校生の頃、批評の神様と呼ばれた文芸評論家・小林秀雄の文章を読み、その美しさ、かっこよさに魅了されました。当時は漠然と「かっこいい!」と思っていましたが、研究に取り組むようになって、かっこよさには理由があるとわかりました。カフカや村上春樹の作品からもわかる通り、小説ではその表現機能を主に担うのは「描写」です。一方で、論説・評論では「説明」がその表現機能を担うのが一般的。ところが、小林秀雄の評論は小説と同じように「描写」が重要な役割を果たしているのです。その結果、小林の評論は単に小説や詩を解説したり評価したりするだけの二次的な(つまり、小説や詩よりも一段レベルの低い)文章ではなく、評論そのものが鑑賞に値する文芸作品になっているんですよね。言葉にすると簡単に聞こえるかもしれませんが、小林秀雄が書く文章のかっこよさの原因・理由や論説・評論の類型的文体を解明するため、研究に20年を費やしました。

次は小説の類型的文体を明らかにしたいと考え、研究を始めて10年が経ちます。ひとりの作家の個別文体を明らかにするだけでも厖大な作品を読み込まなければならず、本当に大変な作業ですよ。物理学や数学などの理科系の学問研究は研究者の天才的なひらめきによって発展することが多かったと思いますが、文学の研究は一つひとつの地道な積み重ねが何よりも大切なんです。私はトレッキングが趣味なのですが、研究もトレッキングと同じで、一歩ずつ踏みしめて山を登っていくしかない。長い道のりで疲れを感じても、スリリングで面白いからやめられないんですよね。

文学部 日本学科 教授
坂田 達紀 先生
Tatsuki Sakata
研究分野
国語学(表現論・文体論)
担当科目
日本文学史Ⅰ、日本文学論Ⅰ、
現代日本文学研究、創作論

人生は選択の連続です。軽い選択から重い選択まで、どちらにするか決めなければならない事柄に満ちています。もちろん、私たちはより良い選択をしなければなりません。そのためのヒントが、文学作品とりわけ近現代の小説にはあります。なぜなら、小説には、多彩な主人公・登場人物の様々な選択とその結果とが描かれているからです。大学では、多くの読者に感動を与えた、いわゆる名作に描かれた選択について、ともに学びましょう。

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