文学部 日本学科 講師
松井 浩子 先生
Hiroko Matsui

スマホひとつで簡単にムービーを撮影・編集できてしまう今、フィルムで撮影された実験映画を研究する先生がいる。そもそも実験映画ってどんなもの?普通の映画と何が違うの?フィルムで撮影された映像の良さって?なんだかよくわからないし、難しそう。ところが、先生自身も最初から実験映画のトリコになっていたわけではなく、3DCGアニメーション作品を手掛けたりもしていたらしい。そんな先生がなぜ実験映画の沼にハマったのか、その魅力を聞いてみることにした。

研究内容を聞かれて「実験映画です」と答えると、よく相手にフリーズされるんですよね(笑)。「科学の実験をしているところを撮影した映画ですか?」と聞かれたことも。それほどまでに実験映画って馴染みがなくて、実験映画を研究している人は少ないと思います。
実験映画とは文字通り実験的な表現や技法で制作される映画で、私が今、特に注力しているのは実験映像作家・伊藤高志氏の研究です。彼の作品は、映画がどのようにしてできたのか、なぜ動いて見えるのかといった映画の成り立ちをテーマとして落とし込んだ「構造映画」というジャンルを基本としています。

伊藤高志監督『SPACY』1981

代表作の『SPACY』(81年)も体育館の風景をコマ撮りした写真をつないで映像化しているもので、最近アーティストのミュージックビデオにも使われるなど再評価されています。他にもアメリカの映像作家・トニー・コンラッドの作品『The Flicker』(66年)では、黒と白の画面が交互に映し出され、タイトルの通りフリッカー(ちらつく)現象を楽しむ不思議な映画です。簡単にいうと、『SPACY』も『The Flicker』もパラパラ漫画が動いて見えるのと同じ原理で作られています。しかし、ひとたび上映が始まると『SPACY』は、平面であるはずのスクリーンの奥に飲みこまれるような不思議な感覚に陥ります。これは19世紀末に映画が誕生した時、はじめて映画というものを見た人が覚えた驚きと同じなんです!何か仕掛けがあるのでは?とスクリーンの裏に回って確かめた人もいるとか。構造映画とはこのような映画の原点に立ち返り「映画とは何なのか」を問いかけてくる内容になっているんです。

伊藤高志監督にいただいた映画の原画(写真)

なぜ実験映画の研究をしているのかというと、3DCGアニメーションの制作をしているうちに、映像全般について詳しく学んでみたいという気持ちが沸き起こったからです。ただCGの対極にあるアナログ映画にはむしろ近づきがたい印象を持っていました。でも、なんとなく過去の実験映画の世界をのぞいてみたらフィルム撮影ならではの魅力にはまっていったんです。フィルムで撮られた作品は言わば「生もの」。フィルムの状態、上映環境、機材の組み合わせによってまったく違う観え方になる、まさに一期一会の出会いなんです。例に挙げた『SPACY』もこれまで何度も観てきましたが、昨年の夏に観たものが断然素晴らしく、圧倒されて言葉を失いました。写真を順番に置き換えて撮影するという極めてアナログな方法で作られ、ましてIMAXや4Dでも無いのに、映画のイリュージョンの世界が畳みかけて来る!3DCGを経験していたからこそ、よりナマの凄さが理解できたのかもしれません。こんな実験映画がもたらす感覚の正体とは……日々考えています。

伊藤高志監督『THUNDER』1982/映像資料『伊藤高志映画作品集』ダゲレオ出版

多くの実験映画がセリフも物語性もないので、「何が面白いの?」と聞かれることもよくありますが、私はわかりやすさよりわからないことに面白みを感じるんです。今はわかりやすさが好まれ、わからないことはすぐに検索して答えを求めてしまう時代。例えば、曖昧な結末の映画があると、すぐに誰かが「考察」をネットにアップしますよね。当然人それぞれ考察があっても良いけど、それは作者が意図したこととは限りません。それに、モヤモヤを抱えたままにしておくのも大切な時間だと思うんです。わかりやすさが好まれる一方で、実は世の中はわからないことだらけ。すぐに答えを求めたり、わからないからといって排除したりするのではなく、色々な考え方があると思えたら新たな世界が広がりますよ。

文学部 日本学科 講師
松井 浩子 先生
Hiroko Matsui
研究分野
美学、芸術論、映像理論、デザイン学
担当科目
視覚文化論、現代メディア論、
視覚メディア演習Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ

映像分析とりわけ実験映画に関する研究を行っています。授業では画像や映像など視覚にまつわる講義と実習を担当しています。文学作品を研究するうえで視覚的な考えを取り入れることは視野を広げ、また、映像作品を分析する場合においては実作の経験は研究の手助けとなります。日本学科の授業を担当するようになり、映像と文字の関係を今まで以上に考えるようになりました。文学部ならではの映像世界を伝えていければと思います。

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