お知らせ

「四天王寺の昭和のふたつの五重塔」学芸員課程履修者 学内展示のお知らせ

 2月下旬(期間未定)まで図書館前ラウンジおよび図書館展示ケースにおいて、「― 2020年度 学芸員課程履修者 学内展示実習成果発表 四天王寺の昭和のふたつの五重塔―過去と現在、そして未来へとつなぐ想い―」を学内展示しております。

①昭和15年に、なぜ、どのようにして、このような美しい五重塔が再建できたのか
②五重の塔を未来へ・人々の想いをつなぐために

という二つの観点から、展示を構成しています。

※地域の皆様にも観覧いただきたかったのですが、新型コロナウイルス感染症の状況を鑑み、学内関係者への公開に限定させていただいております。

 そもそも五重塔とはどういうものなのか、そして、五重塔の心柱の不思議についてなどを中心に、五重塔に関する基礎的な紹介や四天王寺の五重塔の歴史、またコラムとして、日本以外の地域の仏塔もご紹介しています。

 もはや、見ることがかなわない昭和15年再建の五重塔初層の内部には堂本印象画伯による32面の仏画が描かれ、天井なども含め極彩色に彩られた美しい空間が構成されていました。初層扉には明珍恒男氏による仏像が彫刻され、これも美しく彩色されていました。堂本印象画伯は、この堂内の荘厳について、「塔中にはいれば、そこに極楽が展開する」ものとされ、「私の描かんとする浄土は、従来の浄土図に見られたような外部から展望したものを描写するというのではない。それよりも渾然と溶け込んだ内部的な主観からこれを構成したので、衆生も仏菩薩も聖衆も同一な国土に遊ぶという念願から、それぞれの浄土を描いた」としています。

昭和15年(1940)年再建の五重塔

堂本印象画伯による心柱板絵(釈迦如来)

    四天王寺の五重塔が町のどこまで見えていたのかを探りました。そして昭和15年の五重塔の再建に、五重塔が見えていた範囲の人たちが、どのように関わったのかを考察しました。五重塔が見えていたことが「五重塔は再建されなければならない」という意識につながったということと、それゆえに再建に尽力し、協力しようとした人々の姿をご紹介しています。

四天王寺五重塔再建の托鉢行脚の様子

 再建後、わずか5年で焼失した昭和15年再建の五重塔。その後を継ぐ昭和34年の五重塔の再建がどのようになされたのか、この二つの塔の違いはどこにあるのかなどを探っています。あわせて平成の大修理の様子もご紹介しています。創建時の美しい姿はどのようにして再現されたのか、また、2度にわたる昭和の再建に寄せられた人々の想いを、これからの未来につなぐ努力がどのようになされているのかをご紹介しています。昭和34年の五重塔の再建にあたって、「聖徳太子創建時の様式にするのか、あるいは、もっとも新しい現代的な様式にするのか」双方の可能性が考慮されましたが、結果的には聖徳太子の時代、飛鳥時代の様式で再現するということになりました。しかし木造では再建できないため、再建の五重塔は鉄骨鉄筋コンクリート造として最も合理的で、かつ独創的な構造で設計されました。その構造の上に、伝統的な五重塔の意匠が施され、建築基準法による木造での再建は認められないとしても、鉄骨鉄筋コンクリート造でありながらも、いかに木造の五重塔の雰囲気を再現できるかということを意識して再建されています。

 

 展示会場には、より詳しく四天王寺五重塔を解説した冊子をご用意しておりますので、ご来場の際にはぜひご覧ください。

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