人文社会学部 社会学科 -最新情報-

社会学 「働くこと」

 津崎と申します。

 専門は社会学、その中でも「働くこと」を研究しています。

 現在、大学で15科目ほど担当していますが、中心は「産業社会学」という授業です。

 

 私は何がやりたいのか、ずっとわかりませんでした。

 高校までは、運動や音楽やバイトやゲームや…何かをやりたいと思っていました。

 でも、結局、何がやりたいのか、ずっとわかりませんでした。

 

 大学に入って、勉強が少しだけ好きになりました。

 それまでは強制されるのが嫌いだったのでしょう。大学の勉強は高校より自由度が高く、好きなことを勉強するのは楽しかったのです。

 でも、勉強を好きになって何の意味があるのか?学者になるのか?追求したいテーマや能力があるのか?真剣に悩みました。

 

 わかりませんでした。苦しみました。そして、充実した将来を描いている友人たちがまぶしく見えました。ずいぶんと遅れて就職活動をしました。

 でも、私は、何度面接を受けてもまったく受かりませんでした。

 なんとなく「終わったな」と思った時、たまたま、バイトの面接だと思って行った会社に採用されました。

 

 最初はお金が手に入るのが、とにかくうれしかったことを覚えています。

 やりがいのある仕事でもありました。

 しかし、ノルマとプレッシャーの中で働いているうちに、次第に体が壊れていきました。必死に働けば働くほど、今の仕事が自分本来の仕事ではないような気もしていました。

 

 深夜に一人、働いている時にひらめきました。

 「あ、自分が今まで経験してきたことを研究しよう。大学で勉強しなおそう」と思ったのです。

 数年間お世話になった職場ですが、なんとか自分なりに責任を果たしたと思えた見通しと、辞表を出しました。

 

        写真は学生の皆さんと参加した早朝の西成区でのスタディーツアーから

 

 少しばかり貯めたお金で大学に入りなおしました。

 再び貧乏な生活に戻りましたが、統計、歴史、古典から現代まで、あらゆる角度から「働く」ということを学びました。今まで働きて来たのはとは全く違う状況で、外国の方と一緒に働きながら調査するという経験もしました。

 その時に気が付いたのは、苦しかった自分の経験は自分だけのものではないということ、そこには背景があり、そして、歴史は繰り返すということです。

 

 現代は自由な社会であるといわれます。

 自由であるがゆえに、我々は自らの可能性を生きることができます。しかし、自由であるがゆえに、格差に苦しみ、過重な労働の中に投げ込まれ、また時には自らの存在の意味を見失います。

 授業「産業社会学」では、古典と現代社会との対話の中で、自由な社会の中でよりよく働くこと、生きることの可能性や条件を一緒に考えていきたいと思っています。

 

 私が研究テーマにしてきたのは、技術者、フリーター、外国人など、日本社会の中でなんとなく想定されている働き方、生き方とは異なる、外れている、あるいは誤解されていると思われた人々でした。

 その正しい姿を知りたい、問題が起きているのであればその原因を知りたい、そして、今後の社会全体のあり方を考え、伝えたい、それが自らの役割だと思っています。

 それは少しばかり外れている自分の存在を問い直す作業でもあります。

 

 働くこと、働かせて頂けること、人生が苦しいということは、昔から今まであまり変わりませんが、今の仕事を変えたいと思わないことは、私の変化なのかもしれません。

 ただ、変化する社会でそのことが持つ意味を、私はまだ理解していません。

 明るい未来を目指して、皆さんと、また、皆さんから学ばせていただければと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

写真は調査にご協力いただいた東大阪市の企業にて

 

自由の中で働くこと、生きること、一緒に考えてみませんか?

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