道明寺歴史ウォーク 歴史を学び地域戦略を考える



 地域のビジネスを体験的に学ぶ経営学科の「あきない実践研究」の講義は、本年度より全学で実施している地域連携COCOROEプロジェクトのひとつである「地域連携インターンシップ」科目と連動して開講しています。

冬学期は、四天王寺大学の最寄り駅もあり、市や商工会、教育委員会とも連携協定を結んでいる藤井寺市の商工業や観光とその活性化を考えることをテーマとしました。

受講者が地域のプロジェクトに積極的に参画し、自ら企画を考え、体験的に学んでいくことで、

将来、経営感覚をもって地域のマネジメントや再生に携わる、熱意あふれる市民リーダーを育てることを狙いとしています。

 

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冬学期後半は、道明寺エリアの歴史について学び、その資産や魅力を活用した地域の活性化を考えることを狙いとして講義を進めています。

道明寺歴史フォーク実施に向けた授業において、藤井寺市教育委員会の天野末喜先生から、古墳の造営、それを指揮した技術者集団である土師(はじ)氏の活躍、土師氏の末裔である菅原道真公と道明寺天満宮の歴史、そして世界遺産登録を目指した取り組みなどについて、地域のマップなどを使った説明が行われました。

 

 

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そして翌週は、座学に引き続き、道明寺エリアの歴史ウォークを行いました。スタートする前に、道明寺駅前に設置された地図で今回のルートを確認しました。

この地方は、日本書紀にも登場する、天穂日命(アメノホヒ)の子孫であり、土師氏や菅原氏の先祖である野見宿禰(のみのすくね)の所領地です。
野見宿禰は殉死者の代わりとなる埴輪を発明したことでも知られます。さらに、東側の石川河川敷は1615年の大阪夏の陣での道明寺合戦の舞台となり、豊臣軍と徳川幕府軍が最後の戦いがあったことを併せて再確認しました。

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最初の訪問先は、商店街の会長をされておられる

味大かまぼこさんです。

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次に、道明寺天満宮を訪問しました。

道明寺天満宮は天穂日命、

土師氏の子孫である菅原道真公、道真のおばである覚寿尼が祀られています。

学問の神様としても知られ、境内は道真公の愛した梅の名所ともなっています。

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境内にある牛は天神様の使いとされ、菅原道真公も牛に助けられたという伝説があります。

なでるとその部分がよくなるといわれています。

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道明寺近くの三ツ塚古墳より、古代に巨石を運ぶために使われた修羅が出土しました。

修羅を使い古墳を造営する技術を持った土師(はじ)氏は当地を原点に全国で活躍したと言われています。

修羅を引くのは大変に辛い作業であることから修羅場という言葉も生まれました。

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土師氏の氏寺として7世紀に建立され、覚寿尼も住んでいた土師寺は、七堂伽藍や五重の塔のある豪華な寺でした。

1571年に焼失し、現在は基石が残っています。

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左は、道明寺の見学風景です。

道明寺は、後に菅原道真公の手彫とされる十一面観音像を本尊とともに移転、道真の号である「道明」にから道明寺と改称、真言宗の尼寺として再興されました。

そして明治5年の神仏分離により、道明寺天満宮の境内から現在の場所に移されました。

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次に回った仲姫皇后陵古墳は、

住宅地の中に突如出現する小山のような長さ290メートルの前方後円墳で、4世紀末に造営されました。

古市古墳群では応神天皇陵に次ぐ大きさです

築造当初は埴輪などが並んだ丘でしたが今は木が茂っています。

立入禁止なので外から見学。

 

今回の授業で学生たちが改めて確認できたことは、道明寺エリアは天満宮や寺だけでなく、
世界遺産登録を目指す古墳など豊かな歴史資産が点在しているので、
もっと活かしたらよいということでした。

これらを活かすための学生の提案は、大きく次の二つです。

●住宅街の中には説明や看板などがあればより多くの人の憩いの場となるのではないか。

●駅周辺にも観光客向けのおみやげになる商品などを置いているお店があるとよいのではないか。

今後、「あきない実践研究」授業で、すでに行われている道明寺合戦まつりなどの取り組みや、全国的に知名度のある道明寺粉などに加え、様々なイベントの企画、参画や、おみやげの開発、集客戦略の構築などについて考え、提案していきたいと思います。

 

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