人文社会学部 日本学科 -最新情報-

京都での実地研修 その1

ゴールデンウイーク期間の天気予報で唯一の雨マークが出されていた5月6日の土曜日、日本学科の日本文化ゼミでは、京都府八幡市にて実地研修を行いました

教室での学びの成果を踏まえ、実際に現地に出かけ、そこでの体験や見学を通じて知識をさらに深める機会として、日本文化ゼミでは、学期ごとにゼミテーマに即した実地研修を実施しています

日本文化ゼミの今年のテーマは、昨年に引き続き「和食の文化」です。4月の新学期から新しくゼミに配属された3年生がゼミで学ぶ内容になじむための導入テーマとして、さらには、この時期に八幡市の松花堂庭園・美術館の春季展「お弁当箱―目であじあう器」の見学を予定していたことに合わせて、「お弁当」の文化について学んできました。

また、お弁当を切り口に、これから学ぶ食文化をはじめとする江戸時代のいろいろな文化的要素について考える手がかりを得るために、江戸時代初期に活躍した文化人の代表として、実地研修先にゆかりの松花堂昭乗、そして、昭乗と親しく交流のあった小堀遠州などについても学んできました。そうした学びを現地で確認するための実地研修です。

お天気が心配される中、まずは、松花堂昭乗ゆかりの史跡を見学すべく、京阪八幡市駅から男山ケーブルに乗って、男山山頂駅へと向かい、石清水八幡宮を参拝します。幸いに、雨が降ることもなく、新緑したたる参道を通って、境内へと進みます。

 

本殿参拝、境内の拝観をさせていただき、展望台へ。ここから、男山周辺の景観を確認し、この地が、木津川、宇治川、桂川が合流し淀川となる地点で、対岸の大山崎とともに、交通の要衝であったこと、さらには、かつて巨椋池という巨大な池があった場所が現在どうなっているのかを確認して、巨椋池があった時代のこの周辺の状況をイメージしてみます。

さて、松花堂昭乗は、この石清水八幡宮の社僧(かつて神仏習合だった時代、神社には神社に付属する寺で仏事を行う僧がいたのです)でした。この石清水八幡宮のあった男山の地には、多くの寺院が立ち並び、そこには趣向を凝らした茶室や、社僧たちが静かに余生を送るための草庵などが存在していましたが、明治の神仏分離・廃仏毀釈の時代を経て、現在では、それらの遺構の多くが失われ、跡地も見学もできない状況になっています。その中で、松花堂昭乗ゆかりの草庵茶室がかつてあった場所およびそこに付属した庭の遺構は、史跡として整備され、見学が可能になっていますので、展望台から裏参道を下り、現地に向かいます。

もともとここにあった松花堂の草庵の建物は、現在では、八幡市の松花堂庭園に移築されていますので、ここではその跡地に残された建物構造を示す資料のみの確認になりますが、実際に跡地に立って、二畳の茶室の「狭さ」を体験できます。このような、膝と膝を突き合わせる空間での昭乗さんと招かれた客人の間で交わされた会話を想像してみました

再び参道にもどり、男山のふもとまで下ってくると、石清水八幡宮の頓宮があります。ここで、中学校の「国語」で学んだ人も多かったであろう『徒然草』の一節「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」を思い出して、その場面の状況を実際の風景から理解します。

幸い、この時点でも、まだ雨は降り出さず、時に日も差して蒸し暑さを感じるほどです。ここから、京阪八幡市駅に戻り、樟葉駅に移動して、午後は、松花堂庭園・美術館での研修となります。続きは、その2でお伝えしましょう。

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