短期大学部 生活ナビゲーション学科 
ライフケア専攻 -最新情報-

雪溶けし春を待つ東北に行って来ました(その2)

01スケジュールの関係で分散した訪問になりましたが、仙台空港から南へ70キロ余り、福島県の北東部に位置する南相馬市にも訪れました。

福島県は津波の被害も大きかったのですが、それと同時に原発事故による影響も大きかったです。
福島第一原子力発電所から20~30キロ圏内にある南相馬市小高区は、去年の7月まで避難区域でした。
津波で家を失った人はもとより、建物は残っていても地震の影響で傾いていたり破損していたり、動物が中を荒らしてしまって現状では住めない家屋がたくさんありました。

「もう住んでも良い」と言われても、新しい生活(仕事、学校そして周囲との新たな関係)が確立してしまっていて、そう簡単に戻ってこれない人がたくさんいるのが現実です。

 

02一方で意を決してもとあった場所に帰ってきた人もいます。
でも、家の状態は・・・。
「何か困ったことがあったら、どんなことでも言ってください」と南相馬市ボランティア活動センターがそこにあります。

 

 

私たちは3日のうち1日だけでしたが、そこでお手伝いをさせていただきました。03
山際の家から、実家のあった場所に新しく建てた家への引っ越しのお手伝いや、裏山の竹の伐採など、女性にはややキツいかと思われる仕事でしたが、皆でとりかかりました。
残念ながら、量が多くてその日のうちにすべて完了できなかったけれど、「ありがとう」と言ってくださる依頼者のお言葉や、いただいたお菓子のおいしさに感激しました。

 

また機会があればぜひ、少しでもお役にたちたいと思いました。
まだまだ被災地では人手が必要なんです。
みなさんもぜひご参加ください。

04ボランティアセンターには、このような看板もありました。
できる人が できるときに できることをする
こうして一歩ずつ復興に向けて南相馬も動いています。
元あったような生活、それが今かんがえる「理想」なのかも知れません。


「もとの小高に戻ってほしい」。そんな願いもあります。

 

実際にはそんなに簡単にはいかないとわかっていても、自分や周囲を元気づけるために頑張っている、そんな小高駅前にある「双葉屋旅館」さんに泊まらせていただきました。

おかみさんは、駅舎の近くに花壇を整備されていました。
色とりどりの可憐な花が、みんなの帰りを待っていたのが印象的でした。 

▲写真は、旅館から小高駅舎に差し込む朝日です。とても輝いて見えました。

▲写真は、旅館から小高駅舎に差し込む朝日です。とても輝いて見えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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