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「聖徳太子ゆかりの地をめぐる―橘寺編」取材見学レポート

 5月31日、IBUの仏教教育広報誌『ウパーヤ』の取材のため、奈良県高市郡明日香村にある橘寺(たちばなでら)へ行ってきました。
天候は、晴れ。飛鳥駅前のレンタサイクル店で自転車を借り、心地よい風を感じながら橘寺へいざ出発。
15分ほど行くと、右手の高台に白壁をめぐらした立派なお寺が見えてきました。道路わきの大きな石柱に「聖徳皇太子御誕生所」と彫られています。赤い帽子を被った可愛らしいお地蔵さんが、出迎えてくれました。

橘寺_1橘寺_2

橘寺は、聖徳太子がお生まれになった御寺とされています。寺伝では、
現在の「橘寺」の位置には、もとは欽明天皇とその第四皇子(後の用明天皇)の離宮(橘宮)があったとされ、用明天皇の子・聖徳太子も572年にこの地で誕生し、斑鳩宮(いかるがのみや)に遷るまでをここで過ごした、とされています。
このお寺では、不思議な出来事が起こっています。推古天皇14年(606年)の天皇の仰せにより、聖徳太子が勝鬘経(しょうまんぎょう)を三日間にわたり講義すると、庭に蓮の花びらが一mも降り積もりました。その花びらを埋めたのが蓮華塚です。また、南の山に千の仏頭が現れ光明を放ち、太子の冠が日・月・星の光(三光)で輝いたといわれています。三光石はその言い伝えを今に伝えています。

橘寺_3橘寺_4             蓮華塚                         三光石


その後、聖徳太子は、天皇の命で御殿(離宮)を改造し、この橘寺を建立した、と伝えられています。
本堂(太子殿)のご本尊様(木造 聖徳太子坐像)は、その勝鬘経を講義されているお姿を現した太子像です。
参拝を終え、境内の東側の方へ歩くと、東門(橘寺の正門)があります。

その門からは、奈良の緑豊かな美しい風景があり、また東門の柱がまるで絵画の額縁のような役目を果たして、より一層趣のある景色となっていました。正面には西国三十三所の第七番札所である岡寺の三重塔が望めました。

橘寺_5橘寺_6           橘寺東門                         東門からの眺め

また本堂(太子殿)の左横には、二面石と呼ばれる石造物がありました。この石像は、右面と左面では表情が異なっており、右面が人の心の善い面を、左面が、悪い面を(人の心の善悪二相)表したとされています。また、この石像がなぜ造られたのかなどの詳しいことは分かっていません。

橘寺_7橘寺_8橘寺の二面石

飛鳥には、石舞台をはじめとしてお寺や猿石・亀石・鬼の雪隠(せっちん)・鬼の俎(まないた)など多くの石造物がありました。

橘寺_9橘寺_10

橘寺_11橘寺_12   上段左:亀石     上段右:猿石           下段左:鬼の雪隠   下段右:鬼の俎


どれも、「なぜこんな所にあるのか」と思わせる不思議なものばかりでした。「古来人は、どんなことを考えていたのだろう」とつい考えさせられてしまうのも、奈良・飛鳥の魅力の一つではないかと思いました。
みなさんも、ぜひ一度、自転車に乗り、緑豊かな山々を眺めつつ、明日香村めぐりをしてみるのもいいのではないでしょうか。                               (ウパーヤ学生編集員:田村美咲)

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